2012年5月22日 (火)

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Image12

先日、チケットをいただき、「live image 12」というコンサートに出かけてきました。
出演は、加古隆カルテット(弦楽+ピアノ)、小松亮太(バンドネオン)、ゴンチチ(ギター)、NAOTO(バイオリン)、葉加瀬太郎(バイオリン)、羽毛田丈史(ピアノ)、宮本笑里(バイオリン)で、それぞれが持曲を演奏しました。

TV、CM、映画などでなじみのある曲が演奏され、3時間半と長丁場でしたが、けっこう楽しむことができました。

TVやCMを観ているかぎりでは気がつきませんでしたが、この種の楽曲は、印象の残るメロディ、優しい曲調、親しみやすさが特徴です。
中でも特によかったのが、加古隆によるNHK「映像の世紀」のテーマの「パリは燃えているか」。
「映像の世紀」は、20世紀の歴史を映像で追う番組で、この時代の闇の部分である戦争についての回もありました。

戦争に向かう暗い時代です。
今に比べると、貧困、差別、虐殺‥と、いいことなんて何もない時代のように錯覚していました。
でも、テーマ曲を改めて聴いてみると、哀しげな旋律の中に、何か生命の煌めきのようなものが感じられるようにも思えたのです。
どのような時代でも、精いっぱい生きた人たちがいたんだろうなあ、そのおかげで今があるのだろうなあ、と。

そんな気持ちにさせる音楽を創り出す人たちがいて、奏でる人たちがいることも、素晴らしいことだと思いました。

芸術も人類の叡智のひとつだ、と改めて思った一日でした。

2012年5月 9日 (水)

お掃除 -iRobot ルンバ-

Irobot

最近の家電製品の進歩には感心させられます。
カラーテレビ、冷蔵庫、洗濯機が三種の神器といわれた時代から考えると、隔世の感あり。
家電製品は、人が便利に日常生活できるように作られたものですが、掃除ロボットなど、最近のものは関西弁でしゃべるものもあるそうで、ペット感覚で購入する方もあるとか。

我が家も、テレビの買い替えなどで部屋を片づけたので、しばらくお蔵入りしていたお掃除ロボットのルンバを復活させました。
もうひとつの大きな掃除機が壊れかかっていることもあり、絨毯のそうじなどはルンバにおまかせです。
丸っこい姿もかわいく、これがしゃべれば、確かにペットのようにも見えます。
ルンバくんが働いている間に他の仕事をこなすことができますので、時間がないときにはとても助かります。
うちの緩和ケアチームでも愛用者が増えており、子育て中のママさん医師には必需品といってよいかもしれません。

以前、とある業者の方とルンバの話をしていたときのこと。
その方の娘さんが結婚されるそうでルンバを祝いにねだられた際、「掃除くらい自分の手でしろ」と断ったのだそうです。
その娘さんも共稼ぎになるのですが、「家の掃除も自分でやらないような嫁は許せない」のだとか。

いっそ、洗濯も川で洗濯板でも持たせれば、究極の嫁になれるのかも。

2012年4月30日 (月)

時の花「春」 -能「八島」-

Dango

GW前半が終わろうとしています。
原稿をジミジミと書き、目鼻がついたところで久しぶりに運動してみようとジムへ向かいました。
ところが、残念なことに30日は定休日とのことで、やむなく撤退。
明日からのお弁当の仕込みなどをして過ごすことに。
ま、こんなもんですかね。

さて、先日、宝生能楽堂で、<時の花「春」>というイベントが開催されました。
能1番と狂言1番を観るのですが、春にちなんだ演出として、開演前と休憩時間にロビーにお茶席がでました。
裏千家による、テーブルを使ったお手前で、お茶菓子が本郷にある三春堂の三色団子(写真)でした。

この演出のせいか、観客は定期能とはまったく違った方たちで、春らしい着物を着た若い人たちも多く見かけました。
若いカップルの男の子が、「今度、着物を着てきたら?」と彼女と思しき女性に話しかけたりしていました。
日ごろ、能にはあまり縁がないひとたちも、このようなきっかけで能楽堂に足を運んでいただければと思います。

舞台も気合いが入ったすばらしいものでした。
能「八島」は、源平の屋島の合戦の様子を、義経の活躍を中心に演じるものです。
今回は間狂言が「奈須与一語」という特殊演出で、狂言方1人が、那須与一、義経、後藤兵衛実基を演じ分けるものでした。
海に浮かんだ小舟に掲げられた扇を、那須与一が打ち落とす様子が活き活きを語られ、まるで映画でも観ているかのようでした。

能そのものも、義経(の亡霊)によって語られる戦いの様子、夜が明けてみれば海鳥が鳴くばかり、という戦いのむなしさがよく出ていると感じました。
シテの演技もありますが、迫力の地謡の力も大きかったと思います。

そう、戦いなどいっときのもの。
どんな戦いもやがては終わり、そんなことがあったことすら忘れられてしまうものです。
でも、そんな戦いに身を投じるのも、やはり人間。
その時々を精いっぱい生きるしかできないんだな、と思った春の一日でございました。

2012年4月25日 (水)

お仕事のこと

Makenyai_cat

昨夜、ひっぱっていた原稿をようやく提出。
送信したのが午前1時40分くらいで、やっとこさ布団にもぐりこみました。
今朝は、がんばって起きようとしたのですが、いつもより30分寝てしまい、猛スピードで身支度をして家を飛び出す羽目に。

大学病院に勤めていると、病棟や外来以外にも様々な仕事があります。

まずは教育。
ポリクリと呼ばれる、医学部学生の臨床実習につきあいます。
説明しながら業務をこなさなければならないので、面倒に思うこともあるのですが、学生の反応を見ているとけっこうおもしろいことも多いです。

講義。
春は学生の講義シーズン。
医学部だけではなく、看護医療学部や薬学部、研修医向けのミニ講義、他診療科のカンファレンスでの講義など、盛りだくさん。
同じ話をすればよいというものでもなく、分野によって興味も異なるので、中身をいろいろ変えて臨みます。
60分-90分、しゃべり続けるわけですが、こちらもテンションを上げなければならないし、体力勝負な仕事です。
90分話終えると、足腰はガタガタ。
年を感じます。

原稿。
これがけっこうやっかいなお仕事です。
原稿、と一口に言っても、内容も量も様々。

一番たいへんなのが、教科書。
私見だけでは不十分で、多くの文献にあたってまとめあげなければなりません。
原稿の枚数も30枚あたりから始まり、内容によってはもっと多くなります。
集中して書いても、数か月はかかります。

研究論文。
だいたい書き方のパターンが決まっているのですが、独創性を出すのがたいへん。
新しいものを生み出す作業なので、考えようによっては楽しくもあります。
たいていは若い人たちの修行につきあうことになりますので、その過程もなかなか面白いものです。

学術雑誌の依頼原稿。
学術誌の特集など、テーマに沿って専門分野の原稿を頼まれることがあります。
大学にもよりますが、この手の論文は普通は業績として認められません。
一人よがりな意見ではだめ、ということでしょう。

もっとくだけた文の原稿。
商業雑誌の原稿や、製薬会社の販促パンフなど。
業績にはまったくならないのですが、肩が凝らないようにおつきあいする感じです。

このくらいの年になってくると、原稿依頼の手紙の隅っこに、「若い優秀な執筆者をご紹介いただいてもけっこうです」の記載があることも。
苦笑いしながら、仕事をしてくれる若手を探します。

書いてくれそうな人を探すのが、また難儀です。
原稿のレベルに合わせて書けそうな若者に片っ端から声をかけていきます。
教科書となると、医師15年目くらいから上、特集だと10年前後、4-5枚の軽いものであれば、将来有望そうな7年目くらいでしょうか。

そして、人選で最も大事なのが、‘めげない人’。
特に若者だと、最初からよいものが書けるわけはないので、手直しが必要です。
ものすごく考えて書いてきたのかもしれませんが、手直しをすると元の文章がわからないくらい、ずたずたになります。

その昔、うちのボスからは、「来た仕事は断らずにやりなさい」、といろんな仕事の雨を降らせていただきました。
最初のうちは赤ペンでボロボロになった原稿がもどってきたりしましたが、今になって考えてみると、書いといてよかったな、と思います。
今は、降ってくる仕事の内容は変化しましたが、断らない主義が次のチャンスを生むのは確かなようです。

先ほど、原稿をお願いした若者3名からは、いずれも快くOKのお返事。
軽やかな対応に、将来有望な人材に恵まれた有難さをかみしめるのでした…。

2012年4月19日 (木)

サーモス ランチボックス

Birthday

4月に入り、淡々と仕事をする毎日。
気持ちはフラットで、上昇も下降もしていないような感じです。
この平坦な心持ち、考えようによってはとても平和で良いことなのだと思います。

そのような中、人生で何度めかの誕生日を迎えました。
すると、緩和ケアチームのミーティングの後に、メンバーからサプライズのプレゼントが。
同じく4月に誕生日を迎えた専任薬剤師の金子先生とともに祝っていただきました。
1日のかなりの部分を仕事場で送っていますので、仲間から祝っていただくのは、とてもうれしいものです。

プレゼントは、まずアレンジメントフラワー。
桜の枝、パンジー、デイジーなど、春の花が寄せられています。
つぼみもたくさんあるので、これからしばらくは楽しめそうです。

もうひとつは、サーモスのカラフルなランチボックス。
小さいボックスが3段重ねになっているのもので、保温性もばっちり。
1番上はスープカップになっています。
年明けから、ダイエットと健康管理を兼ねて、お昼はお弁当を作って持ってきているのですが、これから季節が夏に向かうと、保冷できるボックスはとてもありがたいです。

ちなみに、お弁当の中身は、野菜のナムルや酢炒め、コールスローなどを2-3種と、おにぎり1個、ゆで卵、即席味噌汁のパターン。
これで6kg減量できました。
舞台は終わりましたが、ダイエット+健康管理は継続中。

夏の同窓会までにあと2kg減が目標です。

2012年4月15日 (日)

平家物語の怪‐能で読み解く源平盛衰記‐(井沢元彦著)

Heike_story

能はシンプルな演劇ですので、楽しみかたはいろいろ。

謡を楽しむ:歌ですので、リズム感を損なうことがないように言葉は洗練されています。
短歌などと同じように掛け言葉もふんだんに使われていますし、謡いを稽古するとなお、面白さがわかります。
洗練された言葉を駆使し、最小限の舞台表現で広大な世界を表現していますので、謡をちゃんと聞いていると、居ながらにして諸国めぐりができるかのような体験も可能です。
もしかしたら、中世の頃には、現代でいう旅番組的役割を果たしていたのかもしれません。

装束や面を楽しむ:公式の舞台などになると、美術品としても一級の能面や装束が出てくることがあります。装束の色合わせなどとても斬新。お茶のお稽古などで着るような地味めの侘び・寂びの世界ではない和の世界を堪能できます。

歴史を楽しむ:演目によっては、源平盛衰記など史実も織り込んだものがあります。歴史を知ってから観ると、また面白みが違ってきます。

写真の本は、名古屋能楽堂ができたときに、12回シリーズで演じられた公演の、演目解説をまとめたものです。
平家物語に関連した能は60番ほどあるのだそうで、その中から12番が選ばれ、演じられました。

さらに、公演に先立って演目解説をしたのが、あの「逆説の日本史」の著者の井沢元彦さんというから興味深い。
演じられたのは「松山天狗」、「鞍馬天狗」、「俊寛」、「頼政」、「巴」、「清経」、「忠度」、「屋島」、「船弁慶」、「二人静」、「安宅」、「大原御幸」の12番で、それぞれの演目や登場人物について、当時の政治や社会のことも交えて解説されています。
「逆説の日本史」の中にも、能で親しんでいる物語のことが出てきますので、きっと能のこともよくご存じの方なのではないかと思っていましたが、「平家物語の怪」を読んで、なるほどね、と思いました。

演劇として表現や手法を楽しむのも楽しいですが、歴史の流れの1場面として能を見るというのも、なかなか面白い企画だと思いました。
史実がある、ということは、史跡がある、ということですから、楽しみはさらに広がりますね。

2012年4月14日 (土)

葉桜

Shidarezakura

今年は3月末まで冬の寒さが続き、桜の開花も「待ってました!」という感じ。
一気に開花し満開となりましたが、この雨風ですっかり散ってしまいました。
それを追いかけるように新芽の柔らかい緑が広がっています。
新しい一年をスタートするのに、まことによい時季です。

日頃、病棟を行脚するのが仕事なのですが、その病棟でも新顔だらけです。
今年は当院に電子カルテが導入されて最初の4月ですので、しばらく関連施設で研修していた若い研修医たちも、慣れるのに必死の様子。

脇で上級医(…といっても、30代前半の中堅どころ)が懇切丁寧に指導をしています。
そして最後に必ず一言、「いいか、何か少しでもわからないことがあったら、たとえ何時であっても、どんなにつまらない質問でもかまわないから、携帯を鳴らしてね!!」(たいていは、声を大にして言います。)

つい先日までピヨピヨしていた彼らですが、ずいぶんとしっかりしてきたものです。
そう、最後の一言は、指導する側からの切なる願いでもあります。

彼らがこれから枝葉を大きく伸ばす樹だとすると、こちらは何でしょうかね。
散りゆく桜、というよりは、すっかり葉桜な気分です。

やっていることといえば、若木の成長のために、日をあてたり、はたまた肥やしを追加してみたり。
一方で、憂いなくスクスク伸びる若木時代が、なんとなく懐かしく…。

いやいや、そんな懐古気分にひたっている場合ではなく、肥やしをどこでどうやって調達しようか考えなければならず、悩ましい日々です。

2012年4月 8日 (日)

マッサージソファ

Chair

ついにマッサージソファを購入しました。
PCに向かう時間が多くなり、肩こりがすごいし、この年齢になってムリがきかなくなってきたような感じです。
体のゆがみを力わざで抑え込むことができなくなってますね。

買ったのはパナソニックのEP-MS42.
ほんとうはもっと明るい色が欲しかったのですが、さらに待たなければならないようなので、この色に。
カバーを変えることもできるので、気が変わったらカバーを変えてみようと思います。
マンションなどでも置くことができるように、コンパクトに作られています。
しかも、フットレストを出すと、足マッサージが可能。
足裏にはヒーターがあり、温めることもできます。

さっそく使用。
しっかりほぐしコースで、首と肩をマッサージ。
いやあ、気持ちよいもんです。
デザインからもわかるように、女性の体にも合うように作ってあるようで、指圧で痛いところにドンピシャ。
リクライニングソファとしても使えますので、重宝しそうです。

ついでに、昨年の震災で液晶がへこんでいたテレビも買い換えました。
ちょうど字幕の部分がへこんでいたため、ど真ん中に縦横に線が入り、番組によっては何のことやらさっぱりわからないものも。
韓流ドラマで字幕の番組なんぞはもう、まったく理解できませんでした。
時代劇の夜の決闘シーンも、ようやく見えるようになりました。

いやあ、家電ってすごいなあ。
充実したおうちライフが楽しめそうです。

2012年4月 3日 (火)

桜の木

Sakura

「関東は夕方から夜にかけて暴風雨」との天気予報は見事にあたり、外は強い風と雨になっています。
早めに帰宅することもできたのですが、締め切りを過ぎた原稿やら、文書作成やらがたまっているので、帰宅は早々にあきらめて仕事をすることにしました。

同室の方々はすでに帰宅したので、クラシック音楽は鳴らし放題です。

先週の土曜日も強風だったのですが、病院の玄関脇のスターバックスコーヒーの建物近くにあった桜の木が倒れたのだそうです。
桜自体が倒れたのではなく、近くにあった古い木が風で倒れて桜の木にあたり、桜の木も倒れたのだそうな。
まだつぼみが固いながらも開花の準備をしていたでしょうに、残念ながら咲くことはなく伐採されてしまいました。

それをいち早くみつけた病院のスタッフが、つぼみのついた桜の枝を救出し、患者さんのところへ運んだ病棟がありました。
病院内は暖かいので、花は一気に開花し、今が見ごろです。

病室の片隅に生けられた桜。
花のことを話題にしながら、病室を訪問しています。
きっと、桜の花も本望だったことと思います。

2012年3月31日 (土)

医学の進歩

Monitor

麻酔を専門としはじめて22年が経過しました。
よくもこんなに長いこと続けていたものだ、と感心いたしますが、感覚としてはあっという間に過ぎた感じです。

その間、麻酔の技術はたいへんに進歩しました。
最近は長時間の手術、患者さんにとって負担が少なくない手術が増えていますが、そのようなことが可能になったのも、麻酔の技術の進歩と無縁ではありません。

よい薬ができた、というのもその要因のひとつですが、もうひとつ格段の進歩をとげたのが「モニタリング」の技術です。
手術や麻酔を受けている患者さんの循環・呼吸・意識の状態は常に変化しています。
その変化を的確にとらえ、そのときに応じた薬を選択し、投与し、結果を評価するためには、精密なモニターが必要です。

ひと昔前であれば、手術室といえば、心電図の音がピコピコし、血圧を一定時間の間隔で測定し、その結果から患者さんの状態を知る、といった具合でしたが、最近はモニターする項目は格段に増えています。

しかも、その結果が刻々と移り変わる様が、目にも鮮やかなビジュアルで表示されるのです。
写真は最近出た、循環動態モニターの1画面。
集中治療室や手術室で使用されるもので、心臓と肺の状態がリアルタイムに映されています。
また、その時々に最適な循環作動薬の選択ができるよう、アルゴリズム(思考の過程)を表示する画面、コックピットのように数値をメーター状にして表示する画面まで出すことができます。

それまで、麻酔専門医や集中治療専門医の頭の中で数値から組み立てていた思考過程がビジュアルとして提示され、共有できるようになったということです。

このような進歩を見せつけられると、私がかかわっている「緩和医療」のなんとアナログなことか、と愕然とする思いです。

「いやいや、感情や、それが絡む痛みは、科学で切り分けられるものではない!」とおっしゃる方もいますが、精神活動も脳の中の物質や信号の流れのひとつと考えることができます。
慢性痛については痛みをビジュアライズする試みはなされていますし、科学とはまったく無縁と考えられていた仏教をはじめとした精神活動と脳科学を結びつけるような研究もされ始めています。

そのような医学の流れの中で、緩和医療・心の問題・意思決定 をどのようにとらえていったらよいのでしょうか。
麻酔科医的な感覚でいくと、いわゆる意思決定にあたっても、モニター、つまり「共有」が必要なのではないか、と思うわけです。

専門家であるところの医療者は、まずはモニター機器のように患者の状態を客観的に把握し、アルゴリズム中で重要な判断要素となる患者さんの希望を加味し、その患者さんにとって最もよい選択ができるよう、導くのが(でも強制的な選択ではなく)役割なのではないかな、と。
ただし、日本の文化的背景なども考えて、日本の実情にあったものでなければなりませんので、万国共通ではない難しさもあります。

まだ、うまくまとまりませんが、そんなことをぼんやりと考えながら、4月を向かえることになりそうです。

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